2013年12月25日

NO16.畏怖の心

NO16.支援に必要な、「畏怖の心」とは

療育支援には、支援者と児童との間に絶大な信頼関係が誰しもが必要であると考えているとは思いますが、愛情だけで正しい支援は難しいと考えております。

言語発達が遅れていたり、すると本人が思っている意思を相手に正しく伝えることが出来ず、奇声を発するなど、泣き叫ぶ様子をよく目にします。多くの保護者は兎に角、泣き叫ぶのをやめさせようと、機嫌をとったり、思うようにさせていますが、果たしてそのような対応でその後、それらの問題を解決する事ができるのでしょうか?

それは多くの場合、問題を先送りにしてしまう行動にほかなりません。思うように行動させると、結果的にその子どもからすると、泣くことで、自分の意思を通した事になり、問題が発生するたびに同じ行動を繰り返す事となります。

勿論、言語が遅ければ、言語獲得のための療育支援は計画的に施す必要はありますが、その前に潜在適な人間関係の樹立が大切であると私達は考えております。ADDのお友達や、AD/HDなどの特性を持つお友達に正しい躾や行儀作法を身につけるのも同様で、本人の思うような行動にまかせていては、何ら解決は致しません。

多くの場合、子ども達はその家の王様であったり、お姫様であったりしており、何事も最優先されているのですが、果たして本来の教育スタンスからしてそのような立ち位置であることが正し接し方なのでしょうか???

まず、誰が食事を与え、誰が入浴させ、お世話をしているのは誰であるのかを正しく理解する必要性があります。食事を最優先で与えたりするのは最もおろかな行動であるといわざるを得ません。おやつなどもそうですが、クラスの指導でもそうですが、子ども達に一番に与えるのは最も駄目な指導者であると私達は規定しております。

順番が違うのです。本来家庭であれば、祖父、祖母、父、母、兄、姉、本人、弟、妹でなければならないのです、優先順位が違うと立場を勘違いしていしまいます。

よく、「子どもが言うことを聞かないんです。」というお話を伺いますが、それは別な見方をすると、「私の事を軽く見ています。」というのと同じです。何度言っても許してもらえるから、正しい行いが出来ないんです。というのと同じです。

人間が生きていく中で、根底的に力の差というものがあります。弱い者は強い者に従わなくては生きていけないという根本原理です。庇護されている事を理解知らせるべきです。何をしても良いというような関係を改善するべきなのです。

私達は立場上、子どもと対峙した場合、絶対に引き下がりません。基本的に私達のコントロール下におくことが出来るように十分な配慮を行います。立場は私達が絶対的に上の立ち位置を確保し、指示に従うことが出来るような関係つくりを行います。

やさしいだけでは、正しい関係はなりたちません。皆さんも経験があると思いますが、学校にいた怖い先生の言うことはみんな一応に指示に従っていたと思います。それは指示を守らないととんでもないことになるという基本的な原理原則が働いていたからです。

子ども達に対して愛情は勿論必要ですが、尊敬の念も必要なのです。尊敬に至る前にあるのが、畏怖の念であり、畏敬の念です。ここで勘違いをしてほしくはないのですが、怖い=暴力を振るうという構図ではその関係はすぐに破錠します。この先生の指示は絶対に守らないといけないという思いが、療育指導の中での強い推進力となります。

畏怖・畏敬の念は、きちんと魔法をかければ、どんな子ども達であっても抱くことが出来るのです。そのためには、計算されたシチュエーション作りや、保護者、指導者同士の連携も含めた、基礎規定が大切であり、それが整うと格段に子ども達の進歩していくスピードに変化が出てきます。

どうして私達で指導をすると、見違えるような態度や行動規範が身につくのでしょうか?今年も小学校受験に発達障がいを抱えていた子ども達が合格しておりますが、きちんとした態度行動がとれなければ、とても合格などは出来ないのです。自分勝手な行動などはしていないのです。

今年も来年の1月10日の福岡教育大学附属小学校の入試があります。昨年も、一昨年も同様で試験の当日は朝8時にはスタートし、午前中にはペーパーテスト、巧緻性の試験と口頭試問、昼食をはさんで、行動観察があるのですが、行動観察が何時に始まるかは受験番号次第で、すぐに試験に臨めるお友達もいれは、最長2時間待って、1時間かけて検査を受けることとなります。

子ども達は全員体育館で、椅子に座って待つのですが、2時間待たされるのは大人であっても非常にきついのですが、私どもが指導している全ての子ども達は、静かに2時間待つことができます。沢山の子ども達がざわつき、おしゃべりをはじめ、立ったり、勝手に歩き出したり、騒ぎ始めるのですが、私が指導をした子ども達は一切動くことがありません。

保護者は後ろから椅子に座って待っている様子を見ることが出来るのですが、私の生徒のグループだけ微動だにしませんので、その様子の違いははっきりみてとれたと例年報告があります。子ども達の価値観そのものも大きく変化して結果であるのですが、正しい価値観を身につけるための最初は畏怖畏敬の念の創出から始まるのです。

昨年も、一昨年も、療育手帳を持っていた子ども達が合格しているのです。それまで多動性だといわれていた子ども達が朝から、夕方まで誰よりもキチンと行動し合格を勝ち取っているのです。私と子ども達の関係は絶対の関係であり、その根底には強い畏怖の念があり、畏怖から畏敬の念にそして、尊敬の念に進歩していくのです。

暴れん坊が、幼稚園や保育園で1番行儀のよいお友達に成長する事ができるのです。どうぞコンパスにおいでください。正しい接し方をお伝えします。正しい親子関係をの樹立をはかります。正しい関係がなくして
円滑な療育指導は出来ません。

私どものセンターには複数の指導者がおりますが、どの指導者であってもきちんとその療育指導に臨む事ができているのは、それぞれの心に対してのテコとなる魔法をかけているからです。くれぐれもその場しのぎの対処療法だけはしないように心がけて下さい。

まずは、お母さんの指示が通るような接し方を行ってください。どうして良いかわからない方は、どうか私達のセンターへご相談においで下さい。


ラベル:魔法の療育
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posted by キー先生 at 05:01| 16.畏怖の心 | 更新情報をチェックする
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