2014年07月19日

NO122.S.S.Tを始める前に…

S.S.T ソウシャルスキルトレーニングをして欲しい…というご要望を時折頂きます。

S.S.T に関しての私共の見解は、既出にもございますのでそちらをお読み頂ければと思います。

抜粋致しますと
S.S.Tは、本来は学習が成立し、定着させるための強化と消去作業を適時行う必要性が不可欠であり、対象者も強化消去を受けなければならず、その中身を熟知し、正しい指導体制をとらない限り、単なるイベントとして終わる可能性が非常に高いものであると考えております。

上記のように、学習つまり、言語把握、意味理解が出来る状態でなければならないというのが大前提です。事前準備が大切なのです。要件を満たして指導するべきなのです。指導には順番が大切です。流があるのです。療育の階段を一段一段上る事が結果的に解決の鍵となります。ステップアップは様々な力を獲得してからするべきで、力なくしては階段から転げ落ちてしまいます。

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何故、静かにしなければならないか?
何故、動いてはいけないのか?
言語理解が伴わない場合、
「何故、どうして、why」の連続なのです。

ワンちゃんの「躾・しつけ」と同じように考えている方も時折おられ悲しい気持ちになってしまいます。百歩譲って、ワンちゃんの躾と同様に考えたとして、私も犬をかっておりましたが、理解させるにはどれほど時間がかかるでしょう?同じわんこの兄弟でも、出来ない子はいつまでも理解しません。察する事が出来ないからです。怒られて、促されてようやくで、条件が変わると、あっちでシー、こっちでシー、ソファーにウンチなのです。

ワンちゃんは私達の言葉がわからないから時間がかかるのです。その子が気付けば良いのですが、気づくまで、トイレと認識するまでにはどうしても個体差が生じます。

言語認識の乏しいお友達がどこまで理解できるのか甚だ疑問なのです。

失礼な言い回しになりますが、如何に手がかからないように躾けるか、面倒がかからないようにするのかが本質的な問題ではないと考えます。そのような意図を持って指導した場合、意味理解ができておりませんので、場面がかわっただけで硬直したりパニックになったりします。指導者が変わったり、保護者(支援者)がいなくなったら、態度急変も少なくありません。

叱られるのが怖くていう事をきているのであれば、怖い人がいないと制御できません。

青のバスは大丈夫でも、白のバスだと違う行動を起こす事も少なくありません。

トイレのドアの開け方が違ったり、トイレの形が違っても困ってしまいます。

人間と動物の本質的な違いは言語能力の違いです。夢のようなお話ですが、もしも、猫がしゃべったら、アニメのニャンコ先生と同じで、容姿が異なっても、種族が違っても、人間と同等の扱いをしてしまう事となります。だって話せるのですから…目玉おやじも、ねずみ男も言葉が操れるので擬人化できるのです。

もしも私の家のタローに理屈がわかっていれば、場面が変わっても失敗をしたりしません。猫のアーちゃんが言葉がわかれば、帰りが遅くても私のベットをトイレにしません。

S.S.T ソウシャルスキルトレーニングをする前に、言語訓練をしてください。その時間をしっかりと言語指導にあてて下さい。

言語がわからなければ、善悪判断が出来ません。何故しかられているのかもわかりません。様子を伺うだけ(顔色を見るだけ)となります。怖い存在がいなくなると態度が急変してしまいますが、理由や意味がわかっていると、良い子であろうとする限り、頑張って約束を守ってくれる事となります。

言語習得ができてこそ、価値判断も出来るのです。善悪や損得も理解できるのです。私達の支援は砂上の楼閣であってはならないのです。

半世紀も生きていると、人間の良い面、悪い面が見えて参ります。私達の多くは、横文字が大好きです。聞きなれない、耳障りのよい外来語は大好きです。S.S.T ソウシャルスキルトレーニングというと何やら凄そうな感じを抱くようですが、今から80年前に考えらえた手法です。決して最新ではないのです。

絵カードや、写真を多用しての指導風景も良く見ます。頑張っておられると思うのですが、意味理解が乏しいと、場面がかわるとパニックを起こします。帰り道が違ってもパニックを起こします。同伴者が変わってもパニックを起こし、手順が違ってもパニックを起こします。

これで果たして良いのでしょうか?本質的な意味理解出来ていれば良いと思います。

博多駅も、小倉駅も、東京駅も大阪駅も、名も知らぬ小さな駅も同じであると理解出来れば取り組んでも良いと思います。

新幹線も、在来線も、バスもモノレールも同じルールであると理解出来るお友達であればS.S.T ソウシャルスキルトレーニングの効果も得られると思いますが、そのような子はほとんどが、言語理解を示す子ども達です。

何故強引に、言語理解が未熟な子ども達にS.S.T をさせようとするのか、基礎のない地面に柱を立ててもいずれ倒れます。深く深く柱を埋め込む努力をするよりも、まず言語獲得に力を入れるべきではないでしょうか?

しないより良いと思いますが、効果が期待できる状況を作ってから取り組むべき問題ではないかと考えております。気付けない限り、永遠と繰り返します。状態が変化したときでも対応しうる力を養うためには言語理解が必要不可欠でなのです。

先週も某大学の先生が施設見学にお出でになられました。支援に精通された専門家でいらっしゃり、様々な療育施設や、本格的なセンターを訪れておられますが、私共のような施設は初めてみたとのお褒めの言葉を頂きました。静かなのです。ウロウロしないのです。楽しいそうなのです。

勿論S.S.T ソウシャルスキルトレーニングを行っているわけではありませんが、言語習得が進み、意味理解、善悪判断が出来るので、何をするべきか、今どうしなければならないのか、どう取り組む事が良い事であるのかを理解し、判断しているからこそ、騒ぐことなく、暴れる事なく、課題に取り組む事が出来ているのです。

バスに乗っても、電車に乗っても迷惑を掛けないのです。嬉しい事があっても、嫌な事ああっても奇声をあげる事がないのです。奇声をあげる事がどういう事が理解できているからです。意味をしっているから、できるのです。指示されれば、どの先生の指示にも従って素直に行動できるのです。

S.S.T ソウシャルスキルトレーニングのカードや写真や絵の取組みも様々にご苦労されて勘案されたご指導だと思います。その努力を無駄にしない支援こそ言語理解であるとご理解下さい。意味の理解がともなえば、指導効果も倍増させることが不可能ではないとご認識頂ければ幸いです。


ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 01:35| 25.ソウシャルスキル (S.S.T) | 更新情報をチェックする
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