2014年11月07日

NO167.時間の制約とは…時間を味方につける事

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前回は時間のコントロールについて記述致しましのたで今度は、時間の制約に関してお話したいと思います。

時間は無尽蔵であるかのように感じますが実はそうではありません。2014年度の日本人の平均寿命は男性は世界4位で80.21歳。女性は第1位で86.61歳です。男女の平均寿命を更に平均化すると83.41歳となります。日数で換算すると3万444日です。

現在年金が頂けるのが65歳で、年金生活に入って少なくとも5年は元気で暮らしていたとして70歳と考えると2万5550日に相当します。高校を18歳で卒業したとすると、特別支援学校を出た後52年間は自力で、あるいは誰かの保護の中で暮らしていかなければならなくなります。

52年間は実に1万8980日1日8時間寝ていたして、人生の活動時間を1日16時間とすると30万3680時間を楽しく過ごす事ができるのか、辛い人生を歩まなければならないのか充実した人生になりえるのかを決定するのはその前の18年間である程度方向性が決められてしまうのではないかとお考え頂けるのではないかと思います。

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時間とは何でしょうか?
哲学的なお話にはしたくないのですが、実は時間とは人が決めたルールだと考えます。月の満ち欠け、季節の移り変わり、地球の自転、日の出、日の入り、潮の満ちひき、様々な事物、植物を観察し、それらをルール化して構築したシステムが時間であると考えます。

私達は一日の始まりも、終わりも時間の流れに従って生活するようになり、長い年月をかえて生活をしてきており、時間に合わせた行動、効率的な行動こそが美徳であると幼い時から教え込まれ体にその習慣が染みついているのです。

4月は入学式と思っているのは、一部の国だけで、欧米では9月です。全てが当たり前ではないのです。今日が11月8日だと思うのは社会生活をする為の利便性からで、未開の地で今日が〇月〇日、西暦〇年というのは生活の中でさほど意味をもちません。

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私は山籠もりを時々します。山に入って携帯も持たず1人で、1週間も過ごすと曜日や時間の感覚が壊れてしまいます。1人山小屋で過ごすと朝日と共に起床し、暗くなる前に夕食を済まし、暗くなる頃には寝てしまいます。山小屋で書き物等をしていると時間の感覚すら怪しくなります。

実は、時間の制約は人間が作った幻影なのです。

6歳になったら小学校へ入学する、12歳になったら中学へ、15歳で高校へ、というのは沢山の人を管理するための1つの手法、管理スキル・管理システムなのです。

時間のタガをはずして下さい。

時間は年齢に、対応する物ですが、年齢に拘るのを止めてみて下さい。

毎年2月、3月生まれのお友達が、成長が遅れていると相談にこられるのですが、それは実に当たり前の現象なのです。4月生まれと3月生まれでは既に生後の月齢が11カ月以上も違うのです。

生まれた年齢で学齢をくくると指導が大変だから4月2日生まれから翌年の4月1日生まれを同学年としているだけなのです。便宜的な選別方法で、子ども達の育成年齢を勘案した対応でなないのです。

社会にしくみをとやかく申し上げるつもりは一切ございませんが、何らかの重篤な発達障がいで悩まれている場合、この時間の制約をはずしてしまえば、焦る事も、諦める事も格段に少なくなります。

4歳で出来なかった事も6歳で出来るようになれば良いと考えられない事が問題なのです。成長の激しい幼齢期に決められた時間軸の成長にお子様がついていけなくても焦る事はないのです。

怖いのは、5歳で平均的に出来るであろうと考えられる事が出来ないままで、諦めてしまう事が怖い事なのです。ここで諦めてしまうと、その後の成長が大幅に遅れるか、成長が止まってしまいます。

5歳で出来なくても、6歳でも7歳でも出来るようになれば良いのです。子ども達の成長は階段と同じです。一段づつしか上る事は通例できません。二段跳び、三段跳びはかなり稀で非常にレアな現象です。

5歳で平均的に出来るであろうと言われている事が8歳でできるようになり、その後の指導で10歳の事は15歳で、15歳の事は18歳であっても出来るようになればお子様の可能性は格段に拡がります。

成人した大人が出来るであろうと思われる事が、仮に25歳で出来るようになれば、出来ないよりずっとその後の人生を楽しむ事が出来るのです。

現実を直視する言い回しとなり、歯に衣をきせませんが、30歳の子どもでいるよりも、35歳でも通例の社会習慣を身に付け、社会適応する力を獲得できれば、その後の長い人生を謳歌する事ができるのです。70歳までと考えれば残りの35年間を自由に描く事が出来ると思われませんか?

時間の制約捨てれば、時間を味方に付ける事が出来るのです。

時間がかかっても、出来る方が良いのです。

しゃべれないより、一般的な適正年齢ではなくても、話す力を持つ事に本当の意味があるのです。

〇歳になれば、平均的に〇〇出来る。というトラウマを捨て去ってください。それは平均です。あなたのお子様は特別なのです。スペシャルなのです。

平均的に〇〇出来るのは道しるべで、次はこんな事が出来るようになるんだという指針であるとお考え下さい。3歳で出来なくても、4歳で出来ればよいのです。5歳でも6歳でも大丈夫です。だって時間が味方なのですから。

私には3歳年上の同級生がおります。彼は病気で長い間入退院を繰り返しようやく高校に入りました。今では立派な3児の父親です。

高校を卒業し、一旦社会人として就職し、学ぶ必要性を感じて、28歳で大学1年生になった友人もおります。大学に入って7年かけて卒業した知り合いもおります。不思議なもので、高校大学に入って何年留年しても別に普通の事と感じるのは私だけなのでしょうか?
時間を味方につけて下さい。

大学入試の際、力が足りないから一浪、二浪するのと変わりません。これはその子の資質を見極めた手法であると考えます。目指す学校に一浪しても、二浪しても、三浪しても合格する事に意味があると考えます。
何故幼齢期は駄目なのでしょうか?

平均という幻影に惑わされないで下さい。

今出来なくても、後で出来るようになれ良いのです。

どうぞ時間を味方につけて下さい。

ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 02:15| 28.継続こそ力 | 更新情報をチェックする
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