2014年07月29日

NO129.勇気を出して…

同じ失敗を繰り返す。いくら言ってもいう事をきかない。ついカッとしてしまう事は誰しも経験がある事だと思います。

イライラが溜り、なじってみたり、怒鳴ってみたり、つい押してみたり、その行動が徐々にエスカレートし、小突いたり、軽くたたいたり、つねったり…徐々に危険な領域に入り始めます。

声も大きくなって、何とかしたくて強く叩く…

教育的見地から…躾の一環として…昔は皆学校の先生に、ゴツンと…何があっても、現在の社会通念として暴力を肯定する事は出来ません。

どこまでがよくて、どこから虐待なのか非常にデリケートな問題であります。それらのデリケートな問題の議論は今回は省きたいと考えますが、何をおいても恒常的な暴力は絶対に許される事ではないと断言致します。

該当される方は即時やめて下さい。配偶者が行っている場合も断固たる決意をもって対応しましょう。見逃してはならないのです。暴力を振るわれる子ども達も振るっている親も双方とも救う手だてを考えて下さい。

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つい暴力を振るっている方へ、
私達は猛獣使いであってはなりません。

鞭打たれて出来る事には限界があります。子ども達は考える力を有しているのです。ただ、考えるに至るまでにそれぞれ必要な時間が違うのです。直ぐに習得出来る事と、膨大な時間を要する違いがあるのです。身に付くまでに時間が係るという事を理解できれば、多くの場合暴力行為がなくなります。

暴力をふるわなくても解決できるのです。

いきなり殴られると、何故暴力をふるわれたか理解が出来ず、混乱したり、萎縮したりを繰り返し、結果何もできなくなってしまったり、暴走したり制御できなくなってしまいます。

暴力には、暴力が返ってくるようになります。多くの事例からも暴力の連鎖は実証されています。

厳しい事と、暴力を振るう事は違うのです。

憂さ晴らしをしないで下さい。
子どもにあたらないで下さい。
暴力は本来犯罪なのです。

ご家族の方へ
家族の方も暴力を容認しないで下さい。

見過ごしてはなりません。互いの傷が深くなるだけなのです。何とかして止めさせる手だてを考えなければなりません。

多くの場合、暴力を振るうような保護者はひどい保護者であると思ってしまいますが、子どもを虐待している保護者自身も子ども達と同様に傷ついている事が少なくありません。

生活苦、家庭や仕事先の問題を一人で苦しんで、孤立しているケースや、親自身が子どもの頃に虐待で苦しんでいたとう事案も少なくないのです。保護者も助けが必要なのです。

現在は保護者への援助に対しても各行政が積極的な取組みをされています。まず家庭から暴力の芽を摘み取りましょう。安心できる環境を与える事ができるように取り組んで下さい。しかるべき人に入って頂く必要があるのです。

暴力は、増殖します。より強くなります。歯止めがきかない怖さがあるのです。最悪の場合は子ども達の命を失ってしまうのです。年間60名前後の死亡事件が発生し、実に週に1回のペースで起こっている事なのです。

1週間に1名の子ども達が亡くなっているのです。

現在平成2年当時は、年間に1101件の虐待の相談がありました。徐々に跳ね上がり、平成8年には4000件を超え、平成11年には1万件、平成13年には2万件を超えて、平成16年には3万件、平成20年にはついに4万件となり、平成22年の調査では55612件毎日150件の相談が入っているのが現状で、20年で実に50倍となりましたが、多くの理解と取組みで、死亡事件数は抑える事が出来ているのです。

支援体制や、フォロー体制がこの20年で構築されてきているのです。1人ではありません。沢山の知恵をもって対応する事が可能な時代になってきています。

1人で悩まずに

児童相談所へご相談されて下さい。お家の事情に合った解決策を必ずご提示頂けます。専門家の集団です。秘密も厳守して頂けます。24時間365日の体制で支援頂けます。

暴力がひどく、骨折、火傷、頭蓋骨陥没、殴られて耳が聞こえなくなったり、失語症を発症したり、記憶障がいになったり、失明する等生命に危険が及びそうな時は、警察の力をお借りしないとどうしようもない事案もございます。

家族が暴力を隠していて、ご近所や、園や学校の通報等で、警察の取り扱い事案になると、児童相談所の域を越え、状態により逮捕等の刑事罰となり、職を失うなど、生活基盤にも関わる甚大な余波が出る事にも発展する事もあるようです。

暴力を振るわれている時は、家族の方も見ていても怖いと思います。怖くて動けなくなる方もおられると思います。暴力を振るう方も落ち着いて注意すると泣きながら詫びる方も少なくありません。私も嘗て何度も介入しましたが、本来気弱で大人しい方が多いのですが、豹変するのです。第三者の介入があっただけで治まるケースも少なくありません。

第3者が介入すると冷静に自助能力が働く為です。うやむかに出来ないと理解するとおおよそ治まります。9割の人は暴力は悪いとわかっているからです。

ご家族がいくら言っても治まらないのは、許してもらえるという甘えが根底にあります。自分の子どもだから、教育的な指導と屁理屈をこねて、自分の暴力を正当化させますが、第3者の介入は状況が違うのです。身を滅ぼすという怖さが自制を生むのです。また暴力を振るう側の何割かは心が病んだいたり、精神的に傷付いているなど専門家の支援が必要なケースもあり、何をおいても児童相談所へご相談される事をお勧め致します。プロの組織なのです。50倍にも膨らんだ問題を解決されている専門家集団なのです。何等かのミスがあった時だけマスコミで問題となりますが、毎年5万件以上を解決されているのです。

児童相談所のお取扱いになると、双方のケアーをして頂けます。個人情報も十分保護されますので生活基盤をゆるがすような事はありませんので、まずは専門家にご相談されて下さい。以下の番号でお近くの児童相談所に繋がります。お子様の為に、家族の為に、勇気を出して相談して下さい。

※児童相談所全国共通ダイヤル0570-064-000

ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 15:06| 16.畏怖の心 | 更新情報をチェックする

2013年12月25日

NO16.畏怖の心

NO16.支援に必要な、「畏怖の心」とは

療育支援には、支援者と児童との間に絶大な信頼関係が誰しもが必要であると考えているとは思いますが、愛情だけで正しい支援は難しいと考えております。

言語発達が遅れていたり、すると本人が思っている意思を相手に正しく伝えることが出来ず、奇声を発するなど、泣き叫ぶ様子をよく目にします。多くの保護者は兎に角、泣き叫ぶのをやめさせようと、機嫌をとったり、思うようにさせていますが、果たしてそのような対応でその後、それらの問題を解決する事ができるのでしょうか?

それは多くの場合、問題を先送りにしてしまう行動にほかなりません。思うように行動させると、結果的にその子どもからすると、泣くことで、自分の意思を通した事になり、問題が発生するたびに同じ行動を繰り返す事となります。

勿論、言語が遅ければ、言語獲得のための療育支援は計画的に施す必要はありますが、その前に潜在適な人間関係の樹立が大切であると私達は考えております。ADDのお友達や、AD/HDなどの特性を持つお友達に正しい躾や行儀作法を身につけるのも同様で、本人の思うような行動にまかせていては、何ら解決は致しません。

多くの場合、子ども達はその家の王様であったり、お姫様であったりしており、何事も最優先されているのですが、果たして本来の教育スタンスからしてそのような立ち位置であることが正し接し方なのでしょうか???

まず、誰が食事を与え、誰が入浴させ、お世話をしているのは誰であるのかを正しく理解する必要性があります。食事を最優先で与えたりするのは最もおろかな行動であるといわざるを得ません。おやつなどもそうですが、クラスの指導でもそうですが、子ども達に一番に与えるのは最も駄目な指導者であると私達は規定しております。

順番が違うのです。本来家庭であれば、祖父、祖母、父、母、兄、姉、本人、弟、妹でなければならないのです、優先順位が違うと立場を勘違いしていしまいます。

よく、「子どもが言うことを聞かないんです。」というお話を伺いますが、それは別な見方をすると、「私の事を軽く見ています。」というのと同じです。何度言っても許してもらえるから、正しい行いが出来ないんです。というのと同じです。

人間が生きていく中で、根底的に力の差というものがあります。弱い者は強い者に従わなくては生きていけないという根本原理です。庇護されている事を理解知らせるべきです。何をしても良いというような関係を改善するべきなのです。

私達は立場上、子どもと対峙した場合、絶対に引き下がりません。基本的に私達のコントロール下におくことが出来るように十分な配慮を行います。立場は私達が絶対的に上の立ち位置を確保し、指示に従うことが出来るような関係つくりを行います。

やさしいだけでは、正しい関係はなりたちません。皆さんも経験があると思いますが、学校にいた怖い先生の言うことはみんな一応に指示に従っていたと思います。それは指示を守らないととんでもないことになるという基本的な原理原則が働いていたからです。

子ども達に対して愛情は勿論必要ですが、尊敬の念も必要なのです。尊敬に至る前にあるのが、畏怖の念であり、畏敬の念です。ここで勘違いをしてほしくはないのですが、怖い=暴力を振るうという構図ではその関係はすぐに破錠します。この先生の指示は絶対に守らないといけないという思いが、療育指導の中での強い推進力となります。

畏怖・畏敬の念は、きちんと魔法をかければ、どんな子ども達であっても抱くことが出来るのです。そのためには、計算されたシチュエーション作りや、保護者、指導者同士の連携も含めた、基礎規定が大切であり、それが整うと格段に子ども達の進歩していくスピードに変化が出てきます。

どうして私達で指導をすると、見違えるような態度や行動規範が身につくのでしょうか?今年も小学校受験に発達障がいを抱えていた子ども達が合格しておりますが、きちんとした態度行動がとれなければ、とても合格などは出来ないのです。自分勝手な行動などはしていないのです。

今年も来年の1月10日の福岡教育大学附属小学校の入試があります。昨年も、一昨年も同様で試験の当日は朝8時にはスタートし、午前中にはペーパーテスト、巧緻性の試験と口頭試問、昼食をはさんで、行動観察があるのですが、行動観察が何時に始まるかは受験番号次第で、すぐに試験に臨めるお友達もいれは、最長2時間待って、1時間かけて検査を受けることとなります。

子ども達は全員体育館で、椅子に座って待つのですが、2時間待たされるのは大人であっても非常にきついのですが、私どもが指導している全ての子ども達は、静かに2時間待つことができます。沢山の子ども達がざわつき、おしゃべりをはじめ、立ったり、勝手に歩き出したり、騒ぎ始めるのですが、私が指導をした子ども達は一切動くことがありません。

保護者は後ろから椅子に座って待っている様子を見ることが出来るのですが、私の生徒のグループだけ微動だにしませんので、その様子の違いははっきりみてとれたと例年報告があります。子ども達の価値観そのものも大きく変化して結果であるのですが、正しい価値観を身につけるための最初は畏怖畏敬の念の創出から始まるのです。

昨年も、一昨年も、療育手帳を持っていた子ども達が合格しているのです。それまで多動性だといわれていた子ども達が朝から、夕方まで誰よりもキチンと行動し合格を勝ち取っているのです。私と子ども達の関係は絶対の関係であり、その根底には強い畏怖の念があり、畏怖から畏敬の念にそして、尊敬の念に進歩していくのです。

暴れん坊が、幼稚園や保育園で1番行儀のよいお友達に成長する事ができるのです。どうぞコンパスにおいでください。正しい接し方をお伝えします。正しい親子関係をの樹立をはかります。正しい関係がなくして
円滑な療育指導は出来ません。

私どものセンターには複数の指導者がおりますが、どの指導者であってもきちんとその療育指導に臨む事ができているのは、それぞれの心に対してのテコとなる魔法をかけているからです。くれぐれもその場しのぎの対処療法だけはしないように心がけて下さい。

まずは、お母さんの指示が通るような接し方を行ってください。どうして良いかわからない方は、どうか私達のセンターへご相談においで下さい。


ラベル:魔法の療育
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