2015年01月07日

NO188.大人になっても、お年玉…

学生時代まではギリギリお年玉をもらっていましたが、卒業後も私は、未だにお年玉を子ども達から毎年貰い続けています。そうです私の指導していた全ての子ども達からです。

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勿論お年玉といってもお金をもらうわけではありません。

「静かに出来ます券」
「肩もみ券」
「お部屋を片付けます券」
「お手伝いします券」
「ケンカをしませ券」
「いい子になります券」
「やさしくします券」
「おりこうになります券」
「しゃべりません券」
「動きません券」
「笑いません券」
「よそ見をしません券」

変わったところでは、
「死ぬまで勉強します券」
「車を買ってあげます券」
「何でも買ってあげます券」
「先生になります券」
「おやつを作ってあげます券」
「おねしょしません券」

面白いところでは
「もう泣きません券」
「何でもいう事聞きます券」
「寝るまで本を読みます券」
「結婚してあげます券」
「トイレは自分で行きます券」
「お尻を綺麗に拭きます券」
「お漏らししません券」
「一人で寝ます券」
等々毎年100通はもらっています。

貰うというよりは、精神的成長を促す儀礼的取組みの一環として一部の子ども達には強制的に持って来てもらっています。

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子ども達はもらってばかりなのです。兄弟姉妹がいない限り、人に物をあげる機会は皆無と言ってよい程経験がありません。全て自分主体。もらうのが当たり前、当たり前だから感謝しない。

自分で作った大切な物を人にプレゼントする。これは大きな精神的な成長にもつながります。気分はお兄さん、お姉さんなのです。プレゼントが出来る。贈り物が出来るというのは、精神的な位置を高みに設定できた事にほかなりません。それがたとえ強制でも同様です。

お年玉は私だけではありません。他の先生や、お父さん、お母さん、お兄さんお姉さん、弟や、妹そして祖父母や学校や幼稚園の先生にもあげるように勧めています。

簡単な作りですが。子ども達にとっては家族を含めた分となると作るだけでも大変なのです。そう大変です。あげるのがもったいなくなるくらいシールを貼ったり、色鉛筆等を使ってデコレートしますので、その手間暇かけたお年玉を人に与える事の心理的な成長は読者の皆様の創造以上なのです。

そしてもらったお年玉は有効に使うのです。そうする事で義務も生まれます。
お掃除券や、お手伝い券は本当に有効に使うのです。

使役が伴う活動はなお有効です。
話せても、書く事が大変な子ども達もおりますが、実際に書く事で周りからも喜ばれ褒められると、今度は手紙を出すようになります。一昨年の9月から15カ月以上遠方に住んでいる癌をわずらっている祖父に毎日ハガキを出し続けているお友達もおります。

今は1年生となりましたが、未だに継続している活動で、情緒も不安定で、他害行動もあり、以前は問題行動の非常に多かったお友達ですが、今では普通学級にて頑張る事ができるようにまで成長した事例もあります。

末期癌だった祖父も健在でハガキのやり取りが続いています。おじい様の元気の源になったようです。無口な方だそうで、電話は駄目ですがハガキでは優しくなれるようで、その影響もあり、非常に良い方向に成長した好例でもあります。

兄弟や同学齢のお友達にあげる行為も精神的成長を促す事が確認されています。文字には力があるのです。言葉には魔法があると以前記事にしましたが、文字にも魔法の効用があるのです。

お年玉をあげる行為、作る行為で一歩大人になるのです。高みから接する事が出来るようになるのです。ポジショニングが良い方向に移行するのです。

まだ持って来ていない子ども達がいるので毎日催促しています。さて今年はどんな楽しいお年玉がもらえるでしょうか…

ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 19:00| 38.ポジショニングの大切さ | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

NO92.ボス猿で在る事…

ボス猿で在る事…

前回ポジショニングの大切さとして、おしくらまんじゅう(押し競饅頭)で勝ちましょう」で、保護者や指導者の立ち位置に関してお伝え致しました所、接し方を変えてから大きな変化が見られたとの沢山のメールを頂きました。今回は、立ち位置が確保されたとしての、理想的な支援者としての在り方をお伝えしたいと思います。

ボス猿で在る事…というと何やら野蛮な感じが致しますが、実はボス猿程周りに目配せをしている存在はいないのです。ボスであり続ける事、ボスとして存在し続ける事、絶対の庇護者として在り続ける事が、支援を必要とする子ども達に最も重要な存在となります。
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ボスですから、先に食べるのはボス猿です。子育てでの間違いで最も多いのは食事の順番です。食事は、生命の根源をつかさどる重要な要素で、最も精神の根幹に浸透しやすい慣習です。あえて教えなくても、その序列が明確となります。

祖父母も一緒に暮らしているご家庭の場合、昔であれば、お爺さん、おばあさん、お父さん、お母さん、兄弟、そして本人という流で、食事が順番に出されます。基本的な序列が、お茶碗にご飯をつぐ順番であったと思います。一番力のある者から食べるというのは、自然の摂理です。

現在、生活習慣も変わり、仕事の関係で、父親不在であったりすると、まず出来た物を一番最初に食べるのがお子様からとなり、勘違いが起こるのです。そうですこれが、ポジショニングの誤解です。

誤解をするから、指示が通らないのです。保護者のいう事を聞かないのです。

動物には、基本的に言語活動はありませんから、食事を与え、世話をしてくれる親の指示に従います。言葉はいらないのです。絶対的な庇護者であるので、自分で食べ物を獲得出来るようになるまでは親の指示に従っているのです。人間も成長すれば成長するほど自我も芽生え、嗜好も異なり、独り立ちするようになりますが、自分で生活できる(食べて行く事)が出来なければ自立出来ません。親のやっかいになっているのであれば、通例は親の指示に従います。嘗て沢山のひきこもりや、家庭内暴力の支援を行って参りましたが、私の経験では、何をしても食べさせてもらえる環境を変えなければ自立の道へは進めません。いくら知性があっても進展しません。

初段、私が教室でおやつをあげる時、適切な立場の樹立が出来ていない場合は、最初に私がおやつを食べて見せます。絶対に最初に子どもへ配るような事は致しません。私が食べて、補助の先生が食べて、親子通所で保護者が同席なら、保護者にあげて、そして最後にお友達にあげるようにしています。(関係樹立出来るまで)

ボス猿は教室では私なのです。「先生がここで一番力を持っている」という事を行動で理解させています。ですから先生の指示は絶対なのです。ですから他の先生も私の指示に従ってもらっています。これが基本条件なのです。お友達の前で、私の指示を先生がきかない所を見せると子どもは混乱するので、絶対にそんな事のないようにしています。何かあったら、子ども達のいない所で話し合いをし混乱を招く様子は見せません。

ご家庭では、まず保護者、父親、母親、兄弟、そして本人、勿論祖父母がいる場合は祖父母から食事を出して頂きます。これらの順番が畏敬の念に繋がったり、目上を敬う気持ちに繋がったりもします。

モデリングでの所でもふれましたが、指示が通らないお友達に、きちんと指示が通る子ども達の様子を意図的に見せる事もしております。COMPASSは平日の指導ですので、わざわざ土曜日の幼児教室に参加して頂いてボス猿の力を見せる事によりそれまで、駄々をこねていたお友達が、きちんと先生の指示に従うように変貌しているのです。

自分よりも、年上のお友達が、きちんと椅子に座って先生の指示に従い課題に取り組む様子を何度も見せると、それが当たり前となり、先生のいう事が絶対となるのです。

ご家庭での序列をはっきりとさせて下さい。甘い甘いお父さんや、祖父母が一緒の場合もありますが、きちんと役割分担を決めて下さい。やさしく接するのと、甘やかすのは違うのです。社会に適合できる力を養うためには甘やかしていては駄目なのです。ボスはボスらしく、大人は大人の目線で、対峙して下さい。

やさしくするのと、機嫌をとるのも違います。機嫌をとっていては、指示は通りません。嫌な事がある度に泣き出します。本当にお子様が可愛いのでしたら、ご家庭でもそれぞれの役割分担を明確にして接するようにお願い致します。











ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 12:00| 38.ポジショニングの大切さ | 更新情報をチェックする

2014年01月31日

NO41.おしくら饅頭で勝ちましょう

おしくらまんじゅう(押し競饅頭)で勝ちましょう

療育支援にあたって、お子様と保護者並びに、療育支援者それぞれのポジショニングが大切です。平たく申し上げると立ち位置の問題です。言語発達が遅れている場合に良く見かけますのがお子様が偉い存在になってしまっている事があげられます。

従って、その子の気分次第で、必要な取組みや指示に従わないという事になってしまいます。療育室に入るのを嫌がる、椅子に座ることを嫌がる、課題に取り組む事に嫌がられ大切な療育の機会を自ら喪失してしまうような事例を散見致しております。

何をしても、食事が与えられ、嫌な事は奇声を発したり、泣いたり、むずかったりしていて自分の意思を押し通す事を覚えてしまうと、とにかく嫌な事に出会うと泣き叫んで周りを困らせるという行動にでてしまいます。悪い事をしてもペナルティーが無いのでやりたい放題で、逆に機嫌をとってくれるので、反応すればするほど、子ども達からすると、意思の獲得行為に繋がりコントロールがききません。

毅然とした態度が必要です。

子どもと真剣な押し競饅頭(おしくらまんじゅう)をしなければなりません。

その子を庇護する保護者がその押し競饅頭(おしくらまんじゅう)に負けてはならないのです。支配するわけではありませんが、大切なお子様を正しい道に導く為には、先生と生徒、師匠と弟子のようなはっきりとした上下関係が樹立が大切です。

保護者がお子様のお友達であってはならないのです。やさしいお母さん、お父さんであることは間違いではありませんが、保護者としての毅然とした対応と、正しい立ち位置が明確にならなければ、指導するにあたって大変な障壁となります。

やさしいけれど、厳しくなければ正しい親子関係とは言えないとご理解下さい。

子どもの好きなようにさせるなどと馬鹿な事をおっしゃるのはおやめ下さい。それば保護者としての管理責任を放棄したと同じくらい重大な愚行であります。好きなようにさせていては進歩すべき事も、成長すべき事も獲得する事は不可能です。

この子は、お菓子しか食べなくて…と馬鹿な事をおっしゃる方がたまにおられます。保護者としてその愚行は管理責任放棄であり、親の怠慢であると考えます。偏った食事をしていれば、必ず体に変調をきたしてしまう事は周知の事実でありながら、偏食する事を了承するのは断じてしてはならない事です。これはあくまで1例ですが、子供との押し競饅頭(おしくらまんじゅう)に負けているのです。

面倒な事をする客がいるから、目をつむっているのと同じです。臭い物には蓋的な陳腐な発想です。

お菓子しか食べないと言われていて、私達がたった1日お預かするだけで、何でも食べる良い子に変身します。
簡単なお話で、お菓子があるから食べるのです。お菓子がなければ、おにぎりしか食べる物がなければ、食べるのです。泣いても、わめいても、奇声をあげても、ねだっても、あまえてきても、お漏らしをしても、脱糞しても態度を変えす、どなったり、しかったりしなくても、ちょっと魔法をかければ、変身できるのです。

泣きわめくから、静かにさせたいから、与えてしまっているのです。
うるさいから黙らせている行為と同じです。
面倒だからお菓子を与える。
これこそ怠慢でなくてなんでしょうか??????????

向き合って下さい。戦って下さい。押し競饅頭(おしくらまんじゅう)で負けないで下さい。

これは1つの事例ですが、家庭生活の中において、言葉は遅れていても、物事の通りがまだわかっていなくても、様々な駆け引きを行っており、ほぼ全敗しているのが偏食に繋がったり、極度の多動に繋がったり、粗暴な態度に繋がったりするのです。

私は子供に出会った時から魔法をかけます。誰がリーダーかを教えます。誰の指示に従わなければならないかを様々な取組みの中で体得させます。言葉も基本的に不要なのです。
譲らない態度と行動が大切なのです。

本日もようやく、「ありがとう」とお礼を言う事を体得したお友達がおります。「ごめんなさい」を知らないお友達もおられます。謝る事そのものを知らないのです。しかし社会生活をしていく上では必要不可欠な要素であり、理解しなければ先にすすめません。

諦めないとよく、申し上げますが、繰り返し理解出来るまで取り組むべきなのです。何百回かかっても、何か月かかっても毎日諦めず取り組むべきなのです。他のお友達の様子をみて焦らない事も大切です。簡単に出来る事でも途方もなく時間を要する事が沢山あるのです。

駄目な事は駄目と子どもに押し切られない事が重要です。
奇声をあげれば、奇声をあげる事そのものが、迷惑で誰しもが嫌がる事である事をしらさなければ、永遠にその繰り返しが続くのです。恥ずべき行為を恥ずかしいと思わせる支援が必要なのです。教え導き体験的に理解させていけば必ず通じます。ちょっと魔法をかけておけば突然通じるのです。

社会適合しない事を容認してはならないのです。ダブルスタンダードが通じるのはご家庭や施設内のみであり、一歩外にでるとそのような甘えた行動は許されないのです。

いつか保護者の庇護からはすれてしまいます。一人で自立出来るように支援しなければ結局困るのは大切なお子様なのです。

立ち位置が重要なのです。してもらっても当たり前と思われる中での介助も、してもらってありがとうと考えるのとでは自ずと成果にも差異が生じます。

うろうろして椅子に座れなくても、勉強が出来て、就職できて、家庭が持てるのであれば文句はありませんが、実生活ではそんな事はゆるされないのですから、そこを許すべきではないのです。

平時私共の施設内での指導も、指導スタッフの指示に従えず、毎回おしくらまんじゅうを挑んでくるお友達もおりますが、私がトレーニングルームに近づく足音がしただけで、きちんと指示が通るようになります。それは畏敬の念を持っているからです。私が許さない事を知っているからです。無駄な行動は基本的に子ども達はしません。駄目なものは駄目だと知っているのです。言語習得が遅く、理解がまだ不十分であっても同様です。駄目なものは駄目で、わがままが通じない人であると認識すれば、さっさと諦めて指示に従う事が出来るのです。そしてそれらの挙動をきっかけとして多くの先生の指示にも従い、保護者の指示に従う事が出来るようになれば、より多くの事を学び、体得し進歩と成長を獲得する事が出来るのです。

母親は最大の理解者で、一番愛してくれる人ですが、山のように動かない存在でなければなりません。これを放置しておくとどんな事になるとお考えでしょうか?

大きくなったら、理解出来るでしょうか?大人になったらわかるのでしょうか?放置すれば周りから疎まれ、人を恨み、人を愛せなくなったり、殻に閉じこもり、卑屈になったり、奇行にでたり、更に周りの理解がえられず、孤立し、心を病んでしまったり、幻聴や幻覚を見たりして普通の社会生活が送れなくなってしまう可能性が非常に高いのです。最後はとても悲しい結果しか導き出せないのです。時間がたっても奇跡は起きないのです。努力なくして進歩は得られないのです。

本気で向き合って下さい。本気で向き合うと子どもの態度は変わります。理解しようと努力するようにもなります。そして獲得したちょっとした進歩が、大きな一歩に変わり、そしてその子の人生を劇的に変化させる事が出来るのです。

大きくなったら何とかなりません。対峙するのは今なのです。奇跡を起こすのは今しかありません。

家族全員でおしくらまんじゅうに挑戦して下さい。

正しいおしくらまんじゅうの方法がわからない方は093-475-0449までご連絡下さい。
ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 19:50| 38.ポジショニングの大切さ | 更新情報をチェックする
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