2015年01月10日

NO191.心の声と後悔の念…

発達障がいの子ども達の一部には、心と行動の制御が出来ない事例が存在しています。
悪い事、言ってはいけない事であっても、つい本心と逆の事を言ったり、行動したりしてしまうの事があるのです。

IMG_5551.jpg

多くの場合、その言動をなかなか理解する事は難しく、つい支援者や、保護者も感情的になってしまう事が少なくありません。

ともすると絶妙のタイミングで文句を言ったり、非難をしたり、相手を小馬鹿にしたりとつい悪意を感じてしまうのですが、多くの場合それらの言動は、本人の意思の真逆である事が少なくありません。

本当は好きなのに、好きとい言えない。もっと一緒にいたいのに、帰ろうとする。そして帰ってしまってからどうしてそんな事を言ったのか、どうして帰ってしまったのか、後悔し、そして自分の言動を責め、1人深く傷ついてしまうのです。

IMG_5556.jpg

興奮した時、嬉しいときどうしてピョンピョン跳ねるのか本人もわからないのです。可愛い物をもらったりしたとき、どうしてそれを投げ捨てたり、壊したりするのか本人もわからないのです。行動が制御できないのです。

多くの場合本人も、本人を取り巻く人達も皆傷付いてしまいます。そして周りが思う以上に本人が一番傷付いている事を理解して頂きたいと思います。

悪い事をして「しまった〜」と思っていても、その言動を止める事が出来ないのです。そして1人傷付くのです。わかってあげて下さい。

私達はどう対処するべきなのでしょうか?

本人の行動をしっかり観察する事から始めましょう。私達療育支援者や家族は、本人の行動や言動の原因をしっかりと見極める事が大切です。

IMG_5535.jpg

どんな時に興奮するのか。
どんな時に飛び跳ねるのか。
どんな時に物を投げるのか。

どのタイミングでオーム返しをするのか。
どのタイミングで暴走するのか。
どんな状態でそわそわするのか。
どんな状態の時に粗暴になるのか。

どの言葉に反応するのか。
どの態度に攻撃的になるのか。
どんな流で怒りが爆発するのか。
どんな時に喜ぶのか。
どんな状態で泣いたり、悲しんだりするのか。

IMG_5558.jpg

反対行動を取った時その後はどんな様子なのか。
暴力行為に直結するポイントは何なのか。
どうすると落ち着くのか。

どんな時に、本音を話すのか。
どの時点で自分を見せるのか。

これらをしっかり観察して、問題を一つ一つ排除する事で本質が見えて来ます。
キーワードを理解すればお友達の感情がコントロール出来るようになります。

どうすれば喜ぶのか、どうすれば楽しいのか、どうすれば笑うのか、理解する事により様々な行動を制御する事が出来るようになるのです。

心の声を聴き出す方法は必ずあるのです。育て方が悪かったわけではないのです。
保護者の責任ではないのです。

一見健常に見えるだけ、傷付き悩んでしまうのですが、本人の怒りや、悲しみや、喜びを感じたり、表現する方法が独自なだけなのです。

愛情表現が特殊なのです。
人により怒りが愛情表現である場合もあるのです。
悲しみを暴言や、粗暴行為でしか表せないケースがあるのです。

IMG_5533.jpg

この子は何を考えているのかわからない…と悲痛なご連絡が入る事も少なくありません。傷付き自殺をほのめかす事案も少なくありませんが、そんな時慰めの言葉は全く役にたちません。

どう向き合うか、何を見抜くのか、何を見極めるのかそんな話が活路を見出す事となります。子ども達の心はとても複雑で、脆く、壊れやすく、そして怖い存在でもあります。

一歩離れて、しっかり分析して下さい。よく観察して下さい。観察する事でいろいろな気付きが出てきます。

どうすれば、ストレスを回避する事が出来るのか。どうすれば落ち着く事ができるのか。どう声掛けすれば、力を発揮する事ができるのか。

どんな環境設定が望ましいのか、全て教科書通りではないのです。

落ち着いて、焦らず心の動きを感じて下さい。それが全ての解決の鍵となります。



ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 19:00| 43.暴言・汚い言葉と虚言 | 更新情報をチェックする

2014年09月14日

NO149.隠れた暴言

平素から暴言を吐いたり、態度が悪い子、多動傾向が強いお友達が、やさしい先生に対峙した時と、怖ーい強そうな先生に対峙した時は面白いように態度が変わります。怖ーい強そうな先生の管理下では、やはり大人しくしていますが、高学年になればなるほど、怖ーい先生の目が届かない時にやさしい先生に対して暴言を吐く事があります。

きちんと管理されている施設から離れて、送迎の際が上記の条件に当てはまり、相手の様子をみて見事きっちり暴言を吐きます。この小さな抵抗を見逃してはならないのです。これを見逃すと、その後に甚大な問題を起こす種となります。

一番良い方法は、暴言を吐くような事が如何に愚かな行為であるか理解させる事、その行為そのものの価値を変えてしまう事が最も最適な方法であります。それに対する手法に関しては、子どもの暴言(発達障がい)に記載しております。他にもはじめに言葉ありき そお1はじめに言葉ありき その2理解度の違い汚い言葉も対処次第等をご一読頂ければと思います。

では、上記のような場合さて皆様ならどうされますか?

まずやさしい先生からきちんと報告が入らなければなりません。これは施設運営の必須要件です。※送迎の報告は管理者あるいは、管理責任者に対して必ず報告が上がるシステムがなければなりません。

さて報告があったら、翌日には即時対応が必要です。基本的には厳しい指導が必要なのですが、厳しい先生が確認すると、ほぼ素直に反省し謝りますが、数日後また同じことを繰り返します。

やさしい先生の事はなめきってますからまた繰り返します。多くの場合、一度なめられた先生の指導はなかなかききません。よほどの対応をしない限り虐待問題もあり困難を極めます。

初段として大切なのはまず暴言を封じる事が大切です。いつも見られている事を知らせるべきです。今は下のような文明の利器があります。そうですドライブレコーダーです。管理時間を延長すれば、暴言を吐くという機会を逸します。

20140911_121254.jpg
暴言を吐く機会を無くし、その期間が長くなれば、なるほど暴言癖も薄れていきます。良い癖は習慣付けなのです。暴言話さないように習慣を持続すればよいのです。自制させるのです。

自制が継続できれば、褒めてあげればよいのです。今度は価値観の変容を誘うのです。
叱られるより、褒められる方が誰だってよいのです。
支援の中では、怖い強そうな先生の上に更にボスキャラが必要です。私の役目はそのボスキャラです。ボスキャラの存在はとても大切でさらに強固な価値の変容を促します。ボスキャラとどの子も本気で対峙したくないのです。畏怖の気持ちをあおりますが、前提要件として、ボスキャラのいう事は間違いない、正しい、絶対的な印象操作も必要です。

ご家庭では母が怖い強い先生であれば、ボスキャラは父親であったり、祖父母で在ったりするべきなのです。やさしいだけでは成長は得られません。厳しさとやさしさは違うのです。やさしくしても良いのです。楽しくしても良いのですが、許さない事は許さないのです。

私は子ども達が誤っても簡単に許しません。許されないという事はかなりショックな事です。通例子育てにおいて過ちを犯しても簡単に許しすぎなのです。年齢にもよりますが、悔い改めない限り許してはならないのです。

このような場合も様子を見て許す様にしなければなりません。そして面倒なボスキャラと話すより、怖くて強いけど身近な先生の指示を守る方が楽なのです。そしてそれよりも優しい先生の指示を守る方が更に楽だという事を理解すれば、暴言は完全にとまるのです。

管理者は手をぬかぬ環境設定を作る事が大切なのです。ご家庭の中でも連絡を密にする事が大切で、問題行動を簡単に許してはいけないのです。許される限り、何をおいてもその問題に注力するべきなのです。

やりかけていた事も全てを止めてでも対応するべきなのです。
これが本質的に、許さない態度であり、強固な姿勢での意思表示なのです。




ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 13:00| 43.暴言・汚い言葉と虚言 | 更新情報をチェックする

2014年08月02日

NO133.汚い言葉も対処次第

IMG_2374.jpg
※写真と内容は無関係です。

食事の時に不意に女の子に「しょ●●ん…」と言い放った子がおりました。

こんな時さてどうされますか?

「そんな汚い言葉を食事中に言う人と一緒に食事はできませんので、隣の部屋に行きましょう。」と促され、別室で1人で食事をする事になったお友達のその脇で、「では今から先生が貴方に●●自粛●●とずっと言ってあげましょうね。どんな気持ちがするかしら…」意地をはって謝る事が出来ないお友達でしたが、隣で小声で言われると、「●●自粛●●言われるのは嫌です。ごめんなさい。」と素直に謝りました。

その後、改めてお話をしたあと皆と一緒にお食事を続けましたが、それから以後は一切汚い言葉を言わなくなりました。

言語指導の際にも、「お」がつく言葉をのときに、また「おしり…」ハッと気づいてごめんなさい。と言えるように成長する事が出来ました。

ちょっとした対応で子ども達の成長を促す事が出来るのです。

勿論この話の一部始終は、ご家族と、学校の担任の先生にも報告しておりますが、私もこの報告を受けて思わず笑ってしまいました。

子ども達は感じる事も、理解する事も出来るのです。
時間の遅れはあっても無理ではない事例の1つです。






ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 17:00| 43.暴言・汚い言葉と虚言 | 更新情報をチェックする

2014年07月11日

NO118.はじめに言葉ありき…その2 理解度の違い

一度説明したからといって理解出来る人は僅かです。1回で出来るのは天才か、それまでの経験の中で培った経験を持つ秀才のいずれかで、通例は忘却曲線に従って時間の経過と共に忘れてしまいます。


人は聞いた内容の4割程しか理解できない?


社会に出ると、「1度説明したでしょう。」と部下を叱る人がおられます。職人的な方であったり、僕の学校はと自負できるほどの能力があったり、人材がやたら豊富な組織であったりする場合に、よくみられる光景であろうかと思います。


誰しも難解な内容であればあるほど、多くの場合お話しを聞いているだけでは忘れてしまいますので、有能な方、自分を知っている方は、ノートやメモをしっかりと取られます。


※人の話をノートを取らずに聞いている人はよほどの天才か、やる気のない約束を守らない方です。聞き流していると私自身も判断します。そのような方にいくらアドバイスしても改善されません。何故なら幾らお話ししても忘れてしまうからなのです。


私は毎月100名前後のご父兄に対しての講演会が1回から2回あります。今月も76日にありましたし、今度は19日と21日にも教育講演会があります。どなたも熱心に傾聴されるのですが、3ヶ月半年すると、ノートをとられている方が結果を収められる事となります。


IMG_5207.jpg


大切な話を聞き漏らすまいととられたノートを持つ方がその後の高い成長を獲得されるのです。このブログも1度読んだだけでは通例は理解出来ても身に付きません。多くの事を忘れられてしまいます。繰り返し読まねば、定着は得られません。


※私共の職員も保護者の皆様や関係する先生方、相談員の皆様、関係行政の方々と様々にお話をさせて頂きますが、必ず記録を取っています。いくら優秀な人材でも忘れます。混同し、忘却します。


興味があったり、好きな内容であったりすると比較的少ない回数で理解出来るようになるのですが、その記憶を持続的に維持する事は私達の脳では個体差があり、1回で出来る人もいれば、何度も実践しなければ出来ない人、完全に忘れる人とその能力は様々なのです。


自分が出来るから人が出来ると思わない。


私達大人は、1度聞いた内容を忘れないように、ノートに記録する事ができ、そしてそれを繰り返し読み直す事ができますが、子ども達の場合そうはいきません。


まだノートをとる力もありません。

子ども達の支援も1回言ったからでは習得は難しいのです。

何度も何度も、繰り返し、繰り返し行う事で定着させる事が出来るのです。


数学的な視点に立つと


「人の話の4割論」はどこまで本当なのか若干疑問ですが、その割合を更に下げて、3割しか理解できなかった場合、果たしてどうなるかを考えてみましょう。


100の内容を覚え忘却率は70%、覚えられるのは30%毎回全てをやり直し、実習得内容の30%を覚える事を前提要件として検証してみましょう。

1回目記憶出来たのは全体の30

2回目 70%忘れた内の30%を理解出来たとすると、それは全体の21%に当たり51%覚えた事になり、2回目でおおよそ半分の理解を示します。

3回目合計51%覚えた内の残り49%の内の30%は14.7%で、全体で66.7%覚えた事になり、この段階での未収得率は、全体の34.3%となります。

4回目で34.3%の30%を理解出来たとすると全体の10.29%を覚えられ、これが全体では76.99%に達します。まだ覚えられないのが全体の23.01%で8割を越えません。

5回目でこの23.01%の30%を理解出来たとして、5回目でおぼえられたのは6.903%でようやく8割越えの83.893%となります。

理論上では、全体からの総量が少なく、覚えていないのは、残り16%少々で多くの場合、6回から7回話を聞けば、たとえ苦手な事であっても習得可能ではないかと推測する事が出来ます。でもこれは、健常な方の場合ではないかと考えられます。


何等かの発達障がいを持つ子どもの場合、この残存率が更に小さい可能性があるとも考えられます。10%あるいは、5%にみたない事も想定できます。


5%しか理解できない場合で、残りに対して常に5%だけ把握できると仮定すれば、10回教えれば40.12%把握する事が可能で、18回目でようやく60%に到達し、32回目で8割を超え、45回目に90%以上の把握ができ、99%を超えるのは90回目となります。

石の上にも3年、1回より100回なのです。


覚えたら忘れないというルールがあってです。でも仮に半分を忘れてしまうとしても、200300回と繰り返せば、定着させて行く事が可能となると推測できます。


繰り返し指導する事、声掛けする事により、心にしみていくのです。様々に難度のある事であっても、身に付ける事が出来るのです。


これは言語指導だけではなく、生活活動等全て含まれる事であると思います。


発達障がいのあるお友達に、言語を指導するのは間違いのように考える方々がおられます。これらの方は、全くもって繰り返しの効用を本質的に理解されていないのではないでしょうか。


運動等の見地からすれば、1回より100回挑戦すると良いと理解されているようなのですが、回数をこなすには多大な時間がかかるのです。習得するまでの膨大な時間をどこで確保するというのでしょうか?生きていく上で最も大切な言語活動をいつすればよいというのでしょうか?


何故小学生から平仮名なの?


私達は、障がい児のみならず、小学校就学前の3歳児、4歳児、5歳児、6歳児を対象に、本格的な言語指導をおこなっておりますが、その後の進歩も活躍も目をみはるものがあります。母国語だけでなく、あらゆる分野に能力を開花しています。小学校からと言われた先生方が指導された生徒が大学入試レベルの英検準2級に合格された事があるのでしょうか?年長で高校入試レベルの3級に合格できるのでしょうか?私達は教育のプロなのです。幼児期だけをみているわけではありません。広い展望にたって将来必要な能力の開花に全力をかけているのです。

幼稚園指導要綱に明記されているのでしょうか?脳内の発達に関して記述した事がありますが、成長し続けている脳に刺激しなくて、いつ刺激すればよいのでしょうか?小学校まで言葉は教えないという根拠は何なのでしょうか?何等かの科学的検証がなされている事なのでしょうか?論理的にご説明ができるのでしょうか?

全ての知識の前に言葉があります。良い行いも、悪い行いも言語的な理解がなければ、何ら獲得出来ません。自分の意見をきちんと表現できるのでしょうか。能力遅滞が現認されているお友達でも、適切な言語指導があれば、本も読め、日記もかけるのです。自分の意見をまとめ、その日の気付きを自分の言葉で表現できるのです。「今日〇〇して楽しかったです。」のような稚拙な3行文等ではないのです。

「トイレも自分でできないのに、言語指導等全く無意味。」のような事を言われる方がおられたようで、その話を聞いて思わず激怒してしまいました。

トイレは、オムツでも対応できるのです。私の友人は、下肢の問題でオムツをしていましたが、立派に教壇に立っています。8年前に人口肛門を付けてオムツから解放されましたが、オムツしているのがどれほど悪い事なのでしょうか??

生活問題の一部は生活様式も変化し、オムツや、ウォシュレットや、人工肛門等、様々な装具の開発され、成人してからでも徐々に対応できます。しかし人として言語能力なくして、何を得られるというのでしょう。


トイレは行けるにこした事はありませんが、感覚の問題が大きく、尿意便意の間隔も個人差があり、タイミングを把握し、促すチャンスを捉えるまでが簡単に出来る人とそうでない人の差が大きいものです。神経の未発達等で、膀胱に尿が溜まった感覚や、大便をする為に腸が押し出そうとする感覚を掴めるか否かは、神経組織の発達等様々な要件が整ってからのお話しです。無呼吸等で生まれ、大便をするという感覚が理解できるまで、かなりの時間を要したお友達もおりましたが、今では立派な中学生です。神経の発達や伝達問題に関しては、「根性で克服できる事ではない」と考えます。成長と共に獲得する事も山とあると考えます。時間が解決する内容だってあるのです。また旬を逃がすと獲得出来ない事も沢山あるのです。


人間として、人として生きて行くその根源は意志疎通だと思います。意志疎通の根幹は言語習得であり、言語習得なくしては、コミュニケーションの発達も、感情の発達も、人間性の獲得も得られません。


平仮名を理解して何が悪いのか、平仮名が読めて何が悪いとおっしゃるのか全くもって理解できません。沢山の本が読め、知識を吸収できる根源です。トイレに行けなくても立派に社会活動している人材は山ほどおります。言葉の意味を知り、相手がどう感じるかを理解し、相手を思いばかる心が養えるのは言語習得であり、トイレの問題や、食事の問題ではないと考えます。


文字が書ける、手紙が書ける、日記が書ける、自己表現出来る事ほど素晴らしい事はないのです。今しか得られない、今だから柔軟な脳の成長に従って獲得出来る因子が育っているのを根拠なく否定するのは、その子の人間としての尊厳にすらかかわる問題であると考えます。


世界の始まりには言葉があったのです。御言葉は神様の事であり、神様の存在を知り、見識を広め、人として社会に適合するためには、言語理解・言語習得なくして達成できないと断言します。如何にして言語能力を獲得するか、様々なルールや規範を知るのも言語なのです。猛獣使いのように、子ども達を鞭打つのでしょうか?子ども達は動物ではないのです。何故しかれれているのか、何故今静かにしなければならないのか?何故今動いてはならないのか?わからなければ奇声をあげます。駄々をこねます。走り回ります。自傷行為に走ったり、他傷行為に走ったりします。でも言語理解が伴えば多くの事を解決できるのです。


発達の機会を誰であろうと奪ってはならないのです。療育支援を受ける機会を阻害してはならないのです。人道的にも倫理道徳に関わる大問題であり、教育手法が違うからというような、単純な問題で済まされる事ではないと考えます。


母から生まれ、守られ、愛され、慈しみの心を知るのは、言葉の力です。獣とは違います。獣は成長するとゴリラ以外多くの場合は、敵と認識します。本能で行動しています。言葉を理解出来ない事程つらい事はないのです。言葉が理解できないと本能で行動してしまいます。ヘレンケラーの幼い時と同じではないでしょうか?言語理解が伴った時、「水」を知った時から彼女の人生が開花したと確信します。


運動は出来ないより、出来た方が良いと思います。決して運動を否定する立場にはありません、登山をし、水泳をし、ジムにも通っており、行動観察演習も主催しておりますので、反対する立場にはありません。絵画活動も私自身、画家の福原先生の最後の弟子として指導頂いており、巧緻性を含めた創作活動は大切に考えております。


絵画も版画も書道も篆刻に運動も長年取り組んで参りましたし、十数年以上、本格的なご指導を幼少期より頂いておりましたので、それぞれ重要な教育活動であると思いますが、言葉が通じない状態で、話す事がままならない状態の子どもに、書道も絵画も運動も、真似はできますが、理解まで至るかどうかはなはだ疑問です。


意味がわからねば、絵画を鑑賞する事も、模倣し、自分の物のする事は難しいと考えます。これらは嗜みであり、人間として生きていく事に関して必要不可欠な要因ではないと考えます。


どうぞ言葉活動の機会を奪う事なく、子ども達の成長を見守って頂きたいと思います。


言葉こそ全ての始まりです。





ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 07:00| 43.暴言・汚い言葉と虚言 | 更新情報をチェックする

2014年07月10日

NO117.(改)はじめに言葉ありき… その1

In the beginning was the Word, and the Word was with God, and the Word was God.

IMG_3331.jpg
はじめに言葉ありき…聖書の 聖ヨハネの福音書 第1章 第一節のから…

敬虔なクリスチャンの方で、宗教学を学ばれている方からすると「言葉」というより「御言葉・みことば」と解釈する事が正しい解釈であると思われますが、わかりやすく進めて参りたいと思いますのでご容赦下さい。

私達は沢山の子ども達の療育支援を行う上で、何より「言葉」の問題を克服する事が最優先であると実感しております。

少しオカルトチックになりますが、上記の「言葉」を振るい和訳では、「言霊」と解釈していた時代もあり、仏教的には、お念仏、真言、神社での祝詞や大祓等、数多ある宗教の発展から考えても、言葉には特別な力があるのではと考えております。言葉の繰り返し、脳に与える作用は、現在の科学技術では解明でいてはおりませんが、何千何万の繰り返しにより規定されていく物が存在すると信じています。

IMG_0802.jpg

綺麗な言葉、やさしい言葉と、汚い言葉の違いを比べる検証事例は昔から少なくなく、小学校の教室の前の出入り口と、後ろの出入り口に、お花を置いて、前のお花には、「かわいいね。」「おはよう」と声掛けし、後ろの出口のお花には、「馬鹿」「死ね」とののしると、日照時間も、温度も、水やりも同様に行っても、遅くても1週間から10日で後ろ側のお花が枯れてしまうというお話も、私も1度実験した事がありますが、ネットでも散見できる事例と同じように枯れてしまいます。

実際に日本の研究者が、お米を使った言葉による変化の検証報告をされいる事例もあり、擬似科学か科学的根拠がどこまであるのかは私にはわかりませんが、私自身、懸命に畑の世話をしたり、植木に毎日声を書ける事で、沢山の花が咲き、実をつけるという事を体験的に理解しています。肥料も少ないのに通例の3倍の大きさのサツマイモや、短期間で成長した玉ねぎ、毎年一杯実をつけるレモンや、ブルーベリーに、毎朝「元気か」「おっきくなれ」と水やりしながら声掛けしているのです。

DVC00074.jpg

私のデスクの前には、10年前に頂いた小さな蘭のポッドがございます。毎日の水やりは私の仕事で、「頑張れよ」「かわいいね~」と言って水をあげているだけですが、驚いた事に毎年1月には、ニョキニョキと芽を伸ばし、春先から2カ月の間、白い花を沢山咲かせています。プロでも難しいのにずっと咲いているのです。これも言葉の力だと感じています。

多くの教諭・保育士の方々は、子ども達と接する中で、適切な言葉掛けができているのかにより反応が全く異なるという事をご存じの事と思います。

IMG_0405.jpg

どうぞ、汚い言葉、ひどい言葉を、家庭から、現場から排除して下さい。

私達の療育相談でも、あそこの施設でこんな事を言われた、というご相談を沢山頂きます。人をなんだとおもっているのか?と怒りを覚える事も多々あります。言われたご両親は決してその事を忘れないし、許さない、許せないだろうと思う事も度々です。言葉ですので、文章だって同じです。手紙の文言で激怒する事もあれば、涙を流し、癒される事もあるのです。

現場から、家庭から否定的な言葉、卑下する言葉、馬鹿にする言葉を使うのは絶対に止めましょう。相手を追い詰める、相手を罵倒する事は許される事ではないのです。天に唾はくのと同じです。

子どもには、少々出来なくても、
「大丈夫、また頑張ろう」と声掛けして下さい。
「大好きよ」「すごいね~」「嬉しい~」子ども達の心躍る言葉は沢山あるのです。出来なくてももう1回挑戦するぞと思わせる事が出来るのです。明日も頑張ろうと思わせる事が出来るのです。いつか出来るぞと考える事が出来るのです。子どもを変える力の原動力は言葉の力なのです。

私は結婚して25年を超えましたが、家内にずっと「好きだよ~」と毎日言っています。昔は喜んでいましたが、今では何だか恥ずかしそうですが、それでもニコニコしています。全部、言葉の力です。

社内でも同様です。一杯感謝の言葉と、好きという事と、信頼している事を伝えています。それで薄給ですが皆頑張ってくれているのだと思います。25年以上勤めてくれている職員も少なくありません。私はざっくばらんですので、問題があるとその場で我慢せずに指摘します。広島出身ですので、悪気はありませんが、決して柔らかい言葉ではありません。厳しいですし、ストレートで、時として怖いと思います。
でも平時は、その3倍も4倍も感謝の言葉をかけるようにもしています。何かしら心配して、気配りして声掛けをします。「暑くない?」「ケーキ食べる?」「休憩したら?」「大丈夫?」きっと煩わしいのでしょうが、皆笑顔です。外から帰ってきたら「お茶飲むかい?」残業したら「お腹すいてないか?」帰る時は「気を付けてね〜。」と見送ります。一杯ありがとうを伝えます。なので誰も辞められません。言葉で伝えているのです。だから派閥もありませんし、職員も、皆互いに信頼し合っています。これも言葉の力です。
嬉しい言葉を使いましょう。
楽しい言葉を使いましょう。
美しい言葉を使って下さい。皆笑顔になれます。
(方言も出来るだけその地に合わせましょう。)

NGワードが一杯だと、心が壊れます。

「どうして出来ないの。」
「何度も言ったでしょう。」
「何してるの。」
「どうして生まれてきたの。」
「お前~こら~もう死ねば。」
「死んで」
「あっち行って。」
「ほっといて。」
「あんたはホントに駄目な子ね。」
「馬鹿みたい。」
「何でなの?」
「あなたのせいで、人生真っ暗よ…」
なんて言われて嬉しいでしょうか?
コミュニケーション能力が乏しくても、ニアンスで伝わります。
子ども達の心はズタズタです。

児童相談所の先生にもよくお伺いしますが、そんなひどい目にあっている子にかぎって親をかばいます。でもその子が大きくなった時、その親を大事にすると思いますか?私は30年いろんな家庭の地獄も見てきました。地獄を作るのは保護者です。そしてその子もまた地獄をつくってしまうのです。負の遺産は連鎖します。親、子、孫へ地獄が続きます。30年前の親が今ではお祖母ちゃんというご家庭も少なくありませんが、幸せではなさそうです。

私は、昔不登校の子ども達への対応や、激烈な家庭環境に身を置く子ども達の支援をしている時に、いろいろな職業の人と関わる事となりました。本物の詐欺師や、厳しい取立てを生業とする本物の方、それを追う、特殊事案を対象とされる検察や警察の方達の接した経験がありますが、その経験の中で、鮮明に記憶に残った言葉があります。

ある人物に「人間は言葉だけで、人を殺す事が出来る。」と言われたのです。

人は言葉一つで殺伐とした気持ちになったり、やさしい気持ちになったり、愉快な気持ちになったり、悲しい気持ちにする事が出来るという事です。

若いときに聞いたお話で、その当時はその言葉の重みを理解できておりませんでしたが、齢を重ねつくづく感じるようになりました。もっと早く気づいていれば、もっと違った支援ができたかもしれない…もっと違った誘導ができたかも…今からでも遅くはないのです。

「言葉には人知れぬ力がある。」のです。その言葉を乱用すると、やがてその言葉は自分に返ってきます。優しい言葉を掛ければ、嬉しい事が起き、ひどい言葉を掛ければ、悲しい事が起きるのです。

子どもにひどい事を言っていると、結果自責の念にかられる事となります。

この記事を読まれていて「間違えた〜」と思われたのであれば、すぐに改めて下さい。心からおすすめします。今すぐ辞めて下さい。もし諍いがあったのであれば、詫びましょう。内容はともかくまず反省しましょう。

前回の「カレンダー記録」ではありませんが、今日から出発です。適切な言葉掛けが出来た日を毎日記録していきましょう。

言葉は、飴にもなりますし、凶器にもなるのです。

同じ意味を伝える時に、言い回し一つで、配慮一つで伝わる内容が全く変容してしまいます。ご家庭でも組織内でもいろんな指示をどうぞ考えてお話してみて下さい。折角よいお話をしていても、場にあった言葉も大切です。喧騒の中で、悠長にお話しても意味をなしませんので、吟味も必要です。明日失敗したなら、明後日から頑張ってください。意識して下さい。

言葉が変われば、周りが変わり、
周りが変われば、人生が変わります。

言葉を変えれば、反応が変わります。
良い反応が得られれば、次の成長につながるのです。

今使っている言葉をノートに書き出してみて下さい。
どんな言葉を使っておられますか?どんな声掛けしていますか?
赤ちゃん言葉ではありませんか?
命令口調でしょうか?
愛情を感じる声音でしょうか?
相手にわかる言葉を選んでいますか?
伝わる言葉で話していますか?

心に残る、気持ちを揺さぶる、考えさせる事ができるような言葉掛けが、関わる人の人生を豊な物できると確信しております。

どうぞ言葉を大切にお考え下さい。
適切な言葉掛けを行って下さい。

そして療育支援に関わる者は、子ども達に対しても、そして保護者に対しても配慮ある言葉掛けが重要です。教育・支援に当たる皆様には、責任ある発言をお願致します。

吐いた言葉は戻りません。
口に戸は建てられないのです。

酷い事を言った方は忘れてしまいますが、言われた方は心のしこりになり、酷ければ酷いほど忘れる事はありません。愛情を持って思慮分別をもってお話頂ければと思います。

保護者にひどい事を平気で言うような支援者の方達には、どんな未来があるのでしょう。
どうか賢明な読者の皆様は、正しい適切な声掛けを公私にわたってご使用下さいますようお願い致します。そうです。リセットするのはご自身です。

リセットできない方は093-475-0449まで、私が責任をもって怒らせて頂きます。

ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 02:55| 43.暴言・汚い言葉と虚言 | 更新情報をチェックする

2014年06月26日

NO106.嘘は自立の始まり

「うちの子が、嘘をつくようになって…」といったご相談が何件かございましたので、私見ではございますが一言お伝えしたいと思います。

GS091_72A.jpg

嘘にもいくつか種類があります。
誇大な嘘
責任転換
人を貶める嘘
幻想との混濁
の4つに分類できると思います。

「誇大な嘘」は、どちらかというと非常に大げさに説明する事をさします。「魚が100匹撮れた。」「家には〇〇が1000個ある。」明らかに聞いていて大げさな説明である事は誰しも理解出来る事で、どちらかというと、「沢山」「いっぱい」あるという事が伝えたいという気持ちがその大部分で、精神的な成長と共に、表現技法を理解すれば、このような説明はなくなります。馬鹿らしい、恥ずかしいと思うようになるからです。

また、自分を大きく見せたい、すごいと思わせたい、という時に誇大な嘘をつくときもありますが、これも自己実現の過程であるとご理解頂ければと思います。

同じ生き物でも、大きな犬と、小さな犬では、大きな犬が強そうに感じます。
小学生と、中学生が並ぶと、背の高い中学生が賢いと感じます。
これらは、生理学的な感覚で、少しでも大きく、強く見せる事で自分のポジションをより良い位置に置きたいという気持ちの表れで、これも精神年齢の発達とともに、減退してしまいます。

大人でも、自分を大きく見せるのに「〇〇さんを知っている。」「〇〇に話を繋げる」という人脈を披露する方がおられます。本来私達は、個人の資質や技術スキルの向上をめざし、その技量にふさわしい職域をめざすので、違和感がありますが、アジア圏の一部の国のビジネスシーンにおいては個人の資質より、誰を知っているかという事を問題にされる事が一般的で、コネクションを実装される事がよく見受けられるのですが、立場や資質の向上によりこれもなくなる事で、自己実現の一つの形であるとご理解頂ければお子様の行動も理解できるのではないかと考えます。

「責任転換」は、自分の行動が問題に起因していない事を示すもので、「知らない。」本当は自分がしたのに、「〇〇君がやった」等としらばっくれる事案ですが、事実関係が正確に現認出来た段階で、きちんと「嘘をつかない」と指導する必要性があります。自分で責任を取る事が大切である事、人のせいにするのは、卑劣な行為である事はきつく説明する必要がありますが、その際の問題としては、何か問題が起こった時にどのように対応しているかが大切な事となります。

IMG_8002.jpg

繰り返し、ひつこく怒っていないか、手を挙げていないか、怒り過ぎていないかという点に関しては、保護者の自己確認が必要となります。誰だって、失敗すると酷い目にあうとなると隠します。私達でも、失敗すると職を失ったり、暴力を振るわれたり、生死の危険性が伴うと嘘をつかざるを得ない状況におちいると思います。ですので、そのような嘘をつかなくてもよい環境設定が大切である事もご理解頂きたいと思います。

自己防衛の為の嘘であれば、精神的な成長の一端を見る事が出来たと理解頂ければ良いと思います。必要以上の責めがない事が理解出来れば、正直に報告できるようになると思います。

「人を貶める嘘」は全く論外です。このような嘘は学齢も高くなり、高知能で、更に、悪意を持っていいますので、小学校就学前の子ども達の中で、見受けられる事は非常に稀です。劣悪な生活環境にあったり、家庭において日常的な暴力がある場合や、育児放棄等でもよほどひどい場合しか私は経験がありません。

1人で躓いて、転んで泣いているので「大丈夫?」と声をかけると、その子にやられたと言い出すような事が最初の挙動となります。このような時は専門のカウンセラーに相談する必要性があり、児童相談所等で適切な対応を取って頂く事とお勧め致します。

自分で失敗した後、大きな声で、「やめてよ~」と言い放つような挙動も同じです。多くの場合、人の不幸や、失敗を喜んだり、囃し立てたりする傾向もあり、そのような挙動が出た場合はきちんと叱るべき事とお考え下さい。

IMG_8005.jpg 

ご相談のメール等で頂いている方等でも、心配しすぎて、叱りすぎていないか一度ご自身の行動を顧みる必要性があります。友人をご家庭に招く事が出来る環境であるか。周りから恐れられていないか。保護者との対話を嫌がっていないか自問してみて下さい。

小学校高学年や、中学に入っての責任転換や、貶める嘘は多くの場合、保護者に問題がある事が大半を占めます。怒りすぎ、怒鳴りすぎ、しかも汚い、きつい言葉で責める。辱める言葉を保護者自らが吐いている場合がほとんどです。

子供が逃げる、自分の部屋から出てこない、毛布や、布団をかぶって出てこない等もこれらに該当します。しつけの為に厳しい保護者出会って構いませんが、厳しいのと、むやみに暴力を振るったり、暴言を吐くとは違います。

私共のスタッフにも、一見とてもやさしそうな、かわいらしい女性の先生がおりますが、「絶対に譲りません」彼女は絶対に「曖昧に事を進めません。」言葉はやわらかく、かわいらしい、やさしい声で、話しますが、簡単に許さない厳しい先生である事はすぐに子ども達も理解します。

宿題を忘れたの、そうじゃ頑張ってね。この意味は、するまで許さない事を示します。

厳しくても、やさしいが理想です。

逆に私は怖そうに見えますし、問題を見つけると、すぐに厳しく指摘しますので、「怖い」という印象がありますが、訂正するとすぐに許し、子供を受け入れるので、暫くすると子どもに「どっちが本当に怖い?」と尋ねると前出のやさしそうな先生とこたえます。キャラクターの問題もあり、それぞれ役割分担をしておりますが、かよわく、やさしそうな先生でもいたずらっ子を御する事が出来るのです。


幻想との混濁に関しては、現実と妄想が混ざり合っている状態で、精神年齢が幼いや、現状に満足していない場合に、このような事が起こります。赤毛のアン等で少し見受けらるのが後者であるとお考え下さい。

本当はこうしたいのに、出来ない事を頭の中で置き換えるとお考え下さい。逆に考えれば、向上心もつよく、環境を整えたり、本人の実力をあげていけば、現実との乖離がおさまり、自信を持った行動がとれるようになります。

多くの場合1の嘘が多いと思います。まずは、精神的な成長であると理解し、しっかりと受け止め内容にあわせたご指導をお願いしたいと思います。大げさな表現、単純に量を表しているだけかもしれませんので、まず言葉を教える、話し方を教えつつ、「良い子は大袈裟に言いません。」「良い子は嘘をつきません」ときちんとした設定を繰り返し行ってあげて下さい。

GS115_72A.jpg

発達障がいの特性がある場合、言語能力の不足が言わしめている事が多々ありますので、まずは落ち着いて、正しい話し方、正しい言葉遣いを教えてあげて下さい。

そして汚い言葉は絶対に使わない、子どもに聞かせない、保育環境にも配慮頂くように、お友達との言葉遣いも十分注意して頂くとよろしかと思います。

どうしようかと迷ったら、コンパス発達支援センター本部093-475-0449までご連絡下さい。










ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 07:00| 43.暴言・汚い言葉と虚言 | 更新情報をチェックする

2014年04月29日

NO60.子どもの暴言(発達障がい)

子どもの暴言(発達障がい)

何通かお子様の暴言に関してのお問合せメールを頂きましたので、予定を変更し、暴言抑制に関しての効果的な取組みをお話したいと思います。

何故暴言を吐くのでしょう?
多くの場合、保護者の方々もそのような言葉を使ってはならない事は口が酸っぱくなるほど話聞かせているのに、いくら言っても治らないと多くの方が悩んでいらっしゃいます。

○暴言を平気で吐くには以下の要素が考えられます。
1 暴言がどのような意味、影響を持っているか理解できない。
2 語彙そのものが少なく、自分の意思表示ができず、最も強烈な否定で使用している。
3 暴言により、言われた相手がどう感じるか、相手の気持ちを推察出来ない。
4 暴言は、殴ったり蹴ったり、盗んだりするよりましであると誤認している。
5 暴言を吐いた後、どのような対応がなされるか認識出来ていない。
6 暴言を吐く事そのものがかっこ良い事であると誤認している。
7 子供を取り巻く環境がそのような暴言を使う事を容認している。
8 食事の問題

8は非常にデリケートな要素を含んでおりますので、現在記事を勘案中ですので今回はスルーしますが、あえて申し上げれば、グルテンや、カゼインを含まない食べ物や、添加物、増粘剤、酸化防止剤、化学調味料を摂取を押さえれば改善されたという報告事例もありますが、万人に有効というわけではありません。私の生徒にも効果的な方とそうでなかった方がおられます。砂糖等の摂取を抑えるだけで気質に変化が生じたという事例報告もあります。成否分かれる問題です。試す前に排除する必要はないと思いますが、まずは正しい知識を持って取り組んで頂く事が何より大切であると思います。もうじき私見をアップ致しますのでしばらくお待ち下さい。

7の環境の問題に関しては、保護者が使っている言葉を模倣するのが言語習得の基礎で、保護者の意思によって改善する事が見込めますので今回は除外する事と致します。6は7に起因する面が多いと考えられますが、理解不足からという点ではここがグレーゾンであるとさせて頂きます。

安易に取り組む事を恐れるのは、投薬による対処です。
私は完全否定派ではありませんが、薬の試行期間がまだ短く、長い年月使用し続けた場合は未だ想像の域をでておらず、最終的な善し悪しの断定は出来かねます。(本当に未来にならないとわからないのです。)私も沢山病気しておりますので毎日何錠も薬を飲んでおります。何にせよ、お金もかかり、体にも負担がかかりますので飲まないに越した事ないとも思いますが、必要に応じた考えが大切だと思います。つまり家庭の状況、保護者の精神状態にもよります。これらの問題を加味した上で、自己責任で十分納得してから投薬治療に御取組み頂きたいと思います。(私の生徒にも投薬治療で改善した事例もあります。逆に体調を壊した例も幾例も見て参りました。良薬でも、「合う、合わない」があります。主治医とよく相談して慎重に御取組み下さい。)

コンパスは医療機関ではございませんので、もちろん投薬治療等はできません。そこで、私達が29年に渡って用いてきた対応手法について今回お話ししたいと思います。

暴言も初歩的なものでは、
言葉を言い放つだけで、その後を考えてない場合です。
言いっぱなしなのです。
精神年齢、生活年齢が幼い場合が殆どで、対応により多くの改善がみられます。
上記の場合は、基本的に自分の言葉に全くもって責任を持っていないのです。
思慮分別がないともいえますが、精神性の幼さが言わしめる事であります。
年中あたりからは分別が出来るようになるのが通例とお考え下さい。

これを超えて暴言が出る場合
つまり状況判断能力が欠如している。
先を見据えた思考が欠落している。
とも仮定できる場合も散見されています。

厳しい対応に関しては、「畏怖の心」を参考にして頂ければと思います。愛情を持った厳しい対応が望ましいとご理解下さい。厳しいのと怖いのは違うのです。どなったり、叩いたりしなくても優しい口調であっても後に下がらないご両親の強い決意があれば必ず改善するとご理解下さい。またきれいな言葉を使わなければと思わせるように思考誘導する事も大切です。

美人(可愛い女の子)は汚い言葉は使いません。仮面ライダー(正義の見方)はやさしい言葉と使います。多くの場合子どもの性善説を多用し意識誘導する事も効果的です。みな自分は、いい子で、やさしい子なのです。最初から悪を目指す子を、私は未だ見た事はありません。皆正義の味方が好きなのです。プリキュアはきれいな言葉しか使わないのです。

周りの期待に応えようと多くの場合子ども達は努力する力を秘めていますので、その力を刺激してあげる事によって、つまり「正しい声掛け」によって子ども達を変容させる事は容易い事であるとご理解下さい。そうありたいと思わせる事でも大幅な改善がみられます。

暴言に対して、責任を感じるのも、自分が発した言葉の意味を知るのも、その影響を理解するのも、相手の気持ちを察するという事も、全ては、言語理解に影響を受けているとご承知頂きたいと思います。

暴言を吐く子の半数以上は、幼児期の言語習得が遅れているという特徴があります。自分の考えを整理して話す力がない場合も少なくありません。学齢が進めば、正しい発語が出来ないだけでも大きなストレスとなり暴言を吐くケースも少なくないのです。

暴言を抑制するには、@正しい発音を身に付ける。A語彙力を増やす。B意味理解を深める。C類推する力を養うこれら大まかには4つのステップで解決出来ますが、その子の状態にもよりますが、数週間から3ヶ月程必死に取り組んで頂ければ多くの場合解決に近づける事が出来るとご理解下さい。

こればかりは一足飛びにはいかないのです。基礎が出来ないまま、鉄骨を組んでもビルは立ち上がりません。鉄骨を組み、外観を作るのは目立った行為ですが、基礎工事が不十分ではビルは建たないのと酷似しています。言語習得が基礎にあたります。そして鉄骨が意味理解なのです。

言葉の意味を理解せずして解決は非常に難しくなります。

平成26年1月末に来所し、2月初旬から通所する事になった年中(現年長)のお友達がおられます。言語習得が遅く、物分りがとても遅いお友達で、自分から話しかける事もなく、奇声をあげ、「馬鹿」「死ね」「禿」「デブ」という暴言を吐き散らしていました。

上記@からCを更に細分化した三葉メソッドを活用しながら、真摯に対応し、まず私共コンパスでの暴言がなくなり、3月末には家庭でも、園でも暴言が出る事がなくなりました。
唯一送迎の際に「ば~か」と言っていたようですが、それも4月末現在一切の暴言は無くなってしまいました。

お友達はそれは下品な行為であると理解しています。言われた人も悲し気持ちになる事を解しているのです。現在年長さんになりましたが、恐らく今後も良い子として頑張り続けてくれると思います。
汚い言葉はもう必要ないのです。自分の意見をきちんと話す事ができるのです。相手を叩いたりするような行為もまず見られなくなると思います。

学齢に合わせた「目標設定」も実に大切な事です。判りやすい言葉で毎日、朝晩食事前等決まった時間に唱和すれば、必ず子ども達の心に定着させる事ができるのです。数週間で可能になる時もあれば、数か月かかる場合もあるかもしれませんが、諦めず取り組めば必ず定着すると諦めず取り組んで下さい。

小学校、中学、高校になればなるほど、言葉の難度もあがり、心の氷解も難しく、多大な時間を要する事になると思われますが、日々の取り組みで多くの問題は解決出来ると確信頂きたいと思います。

どうしてよいかわからない方は093-475-0449までご連絡下さい。

連休中コンパスは平日は通常運営しておりますが、相談支援に関しましては5月7日まで
お休みを頂きますのでよろしくお願い致します。


ラベル:魔法の療育
posted by キー先生 at 22:21| 43.暴言・汚い言葉と虚言 | 更新情報をチェックする
100.jpg